平成27年4月28日(火)~6月14日(日)
お産をみまもる犬の筥
福岡では、あまりみかけませんが、人生儀礼の場面で使われる箱のひとつに「犬筥(いぬばこ)」があります。犬筥とは、頭部は幼児、胴は犬の形状をした張り子の箱のことです。胴には、高砂が描かれるなど装飾性の高い箱でもあります。雌雄一対で、左向きが雄、右向きが雌をあらわしています。胴は上下に分かれ、その中にお守り(雄)、化粧道具(雌)などを入れ、寝所や産室に置かれました。これは、古くから犬は安産で多産であるということから、それにあやかろうとしたことに由来するものです。現代でも、幼児の成育を願って節供の際に飾られるなど、犬筥は、まじないの道具としてくらしの中に息づいていることが分かります。
書き記された思い
(写真6) 猿の手 |
(写真6)は、猿の手です。「ノシ」と書かれた紙に大切に包まれていました。この猿の手は、厩猿(うまやざる)習俗にかかわるものとみられます。猿が牛馬を守護する存在と考える俗信に基づいた風習です。福岡ではほとんど確認されていませんが、中・南九州では、牛馬の繁殖祈願や河童(かっぱ)による牛馬への悪戯(いたずら)除けのために、猿の頭蓋骨や手(おもに左手)を玄関や牛馬小屋に吊すことが報告されています。地域によっては、箱に納めて大切にしまっておくところもあります。そうすることで、家を守ろうとする意味があったのかもしれません。
骨やミイラという少々不気味なものではありますが、牛馬に近づく魔を除く厩猿は、粗雑(そざつ)に扱ってはならないものでした。猿の手が入っていた木箱には、「容易ニ他人ニ不可貸事」という言葉が記されており、猿の手がとても大切なものであったことをうかがわせます。
端午の節供には、男児の健やかな成長を祈って、鍾馗(しょうき)(中国における民間信仰上の神で、疫病や魔を退散させる神)の人形や絵を飾る風習があります。
ある鍾馗の掛軸を収めた箱の底には、次のような一文がしたためられていました。 此鍾馗ノ軸物ハ長家七代目一夢ト
号シタル祖人自分父(九代目)ノ
初節ノ際ニ画キタルモノ也
伝曰画ハ法眼元信ノ筆ヲ写シタル
モノニシテ男子節句ニハ必ス此軸
ヲ用ユ後代ノ者大切ニ保存セラレ
度候
そこには、鍾馗図の由来とともに、子孫へ向けた思いが記されており、持ち主 の鍾馗図に対する心の有り様が伝わってきます。 (河口綾香)