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No.571

企画展示室1

知り、愛でる、表具展

令和4年2月1日(火)~4月3日(日)

■はじめに
図1 「職工図式」第二巻(部分)
図1 「職工図式」第二巻(部分)

 ご自宅に床(とこ)の間(ま)はありますか? 日本の書画は巻子(かんす)や屏風(びょうぶ)、掛軸(かけじく)の形状に仕立てられ、表具(ひょうぐ)(表装(ひょうそう))と共に鑑賞されてきました。しかし近代以降、生活様式が大きく変化し、掛軸をはじめとする伝統的な書画に親しむ機会が減っています。かくいう筆者の自宅にも床の間はありません。そこで本展では、いま一度「表具」に注目し、その構造や種類、美しい意匠などをご紹介します。通常の古美術展示とは異なり、書画の内容や作者の解説は少なくなりますが、色々な見方で日本美術を楽しむ一助となれば幸いです。

 なお日本の書画は、表具だけでなく部屋全体、それどころか季節や訪れる人々との調和を味わうものでもあります。どんな部屋にかけようか、いつ掛けようか、誰なら喜んでくれそうかなど、ぜひあれこれ想像しながらお楽しみください。

■表具(ひょうぐ)とは

 表具とは、西洋画の「額(がく)」にあたる部分です。そのままでは心もとない書画本体を保護する構造物であるとともに、書画を掛けたり立てたりするための演示具(えんじぐ)でもあり、書画の格式を示す装置、さらに書画の美観を高める装飾として、様々な機能を担ってきました。

 額との違いは、その柔軟性と一体性にあります。主に紙や織物(裂(きれ))を用いる表具は、金属や木を多用する額よりも、コンパクトに収納したり容易に持ち運ぶことができます。一方額とは異なり、書画本体に糊付けされるため、表具を取り替えるには専門知識と技術が必要です。あまり堅牢ではない素材の特性から数十年に一度の取り替えが推奨されており、気軽さはありませんが、定期的に専門家のメンテナンスを受けることで書画が時代をこえて受け継がれる一因となりました。  

■さまざまな装(よそお)い
図2 「掛軸各部の名称」
図2 「掛軸各部の名称」
※本展では記録のため、福岡市内の表具店で慣例的に使用されている名称を採用します。全国の工房ごとに漢字表記や呼び方が異なる場合があります。

 狩野探淵(かのうたんえん)筆「寿老人・桃に鶴図」(出品1)は「文久辛酉 黒田家蔵」の箱書きから1861年時点で福岡藩主黒田家にあったと考えられる三幅対の絵です。表具の天地(てんち)(上下と呼ぶ場合もあります)・中廻(ちゅうまわ)し・一文字(いちもんじ)・風帯(ふうたい)すべてに金糸で文様を織り出した金襴(きんらん)という裂を用い、大変豪華な印象です。このような総金襴(そうきんらん)の表具は、室町時代の足利将軍家で収集された唐物(からもの)(舶来品)コレクション「東山御物(ひがしやまごもつ)」の中でも、3代足利義満(あしかがよしみつ)の時代に収集された唐絵(からえ)(中国絵画)に多くみられます。東山御物は、一種の美の規範として後の時代にまで影響を及ぼし、特に義満の収集品は早くから珍重されたことから、本品もそれにならって絵の格式を高める裂が選ばれたと考えられます。また6代義教(よしのり)の時代になると、2色の色糸で織った緞子(どんす)を金襴と併用する表具がみられます。三奈木黒田家旧蔵の森狙仙(もりそせん)筆「猿猴(えんこう)図」(出品2)は、中廻しに緞子が使われています。東山御物と同じ組み合わせとはいきませんが、金襴と緞子を取り合わせる格調高い渋さが窺えます。

 美の規範といえば、茶の湯も表具の意匠に大きな画期をもたらしました。鎌倉時代に禅僧から広まった喫茶(きっさ)文化は、貴重な唐物に触れる場としても楽しまれ、当初は掛物にも華やかな表具が選ばれました。しかし桃山時代に千利休が草庵の茶を大成すると、「侘(わ)び」の精神と閑寂の美が見出され、茶室に掛ける書画にも簡素な紙と略式な表具形式が選ばれるようになりました。松村呉春(まつむらごしゅん)が上田秋成(うえだあきなり)に宛(あ)てた「正月書状」(出品4)は、中廻しに揉(も)み紙(がみ)を用い、簡素な押(お)し風帯(ふうたい)と柱(はしら)幅の細い簡略な表具形式がとられています。後代の所有者が茶席用に仕立てたものかもしれません。簡素ではありますが、決して粗雑ではありません。「掛物ほど第一の道具はなし」(『南方録』)と言われるほど、掛軸は大切にされてきたものです。「正月書状」もよく見ると、一文字に青海波(せいがいは)と鶴亀のめでたい文様が織り出され、控え目にお正月気分が演出されています。表具の意匠には、昔の誰かが仕込んでおいた、ささやかな遊び心がいくつも見つかります。

 近世以降、都市文化の発達とともに書画の受容者層が拡大し、表具の幅も広がりました。「南蛮人」を描いた「西欧人物(せいおうじんぶつ)図」(出品5)は、表具裂にも南蛮船や異国人物、異国情緒溢れる花鳥文が盛り込まれ賑やかな貿易の活気が伝わってくるようです。余白の多い絵なので、これが色の淡い緞子や紙の表具だったら随分印象が変わるはずです。きっと絵にぴったりの裂を入手するために、手を尽くした所蔵者がいたのでしょう。また小林清親(こばやしきよちか)筆「玩具(おもちゃ)尽(づ)くし図」(出品8)の仕立ては、度肝を抜く桃色地に金銀泥(きんぎんでい)で折り鶴(中廻し)などをあしらった描(か)き表装(ひょうそう)です。ここでは持ち主や絵の価値を高める役割が薄れ、子供の健やかな成長を祝い願う気分に満ち溢れています。

 また江戸時代後期は木版技術が発達したため、浮世絵や大津絵のようにカラフルな絵が安価で流通し、これらも表装されるようになりました。その質は様々で、便箋にしたくなるような趣味性の高い紙の表具(出品9)もあれば、ありあわせの紙で裏打ちされ、破れ目から反故紙(ほごがみ)の墨文字が覗くようなもの(出品10)もあります。

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休館日

開館時間
9時30分〜17時30分
(入館は17時まで)
※2024年7月26日~8月25日の金・土・日・祝日と8月12日~15日は20時まで開館(入館は19時30分まで)
休館日
毎週月曜日
(月曜が祝休日にあたる場合は翌平日)
※2024年8月12日~15日は開館し、8月16日に休館
※年末年始の休館日は12月28日から1月4日まで

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